『河北新報』の2012年5月5日付記事より。
----------
戻る人影 戻れぬ苦悩 本格帰村から1ヵ月 福島・川内
福島第1原発事故で全村避難した福島県川内村で本格的な帰村が始まり、1カ月が過ぎた。役場や小中学校が再開し、閑散としていた村内に人影が戻りつつある。しかし、避難を続ける村民からは、役場や帰村者との分断を懸念する声が上がる。帰還見通しの立たない沿岸部から内陸部に、生活圏をどう切り替えるか、も重い課題だ。
「役場や学校が戻って人と車の往来が増えた。活気が全く違う」と語るのは、村の中心部で旅館を営む村商工会長の井出茂さん(56)。
昨年4月は自衛隊の装甲車が走り、夜、明かりがともる家は周囲になかったという。「ようやく村も息を吹き返した」と喜ぶ。
村は昨年3月16日に全村避難し、役場機能を郡山市に移した。今年1月末に帰村宣言を発表。4月2日、役場や学校、診療所などを戻した。
村によると、村民約2800人のうち避難先を引き払って帰村したのは1日現在で223人。この1カ月で36人増えた。村で週に半分以上過ごす人を含めた実質帰村者は約600人に達する。
川内小には16人が通う。スクールバス3台で全児童を送迎できる態勢を整えた。除染で放射線量は毎時0.1マイクロシーベルト台と低いが、屋外活動は3時間以内にとどめ、給食の放射能検査も実施する。
高島仁校長は「できる限りの放射線対策に取り組む。施設環境に恵まれた村の学校に戻り、子どもたちは伸び伸びしている」と話す。
一方で帰村に踏み切れない人も多い。村の中心部、第3行政区長の猪狩紀元さん(68)は郡山市の仮設住宅の自治会長を務め、「開いてない商店が多く、住宅の除染も進んでいない。まだ帰れない」と述べる。
猪狩さんは役場が村に戻り、避難者の中には疎外感が生じているという。「郡山に1500人が避難している。避難者も村民。村は気を配ってほしい」と訴える。
村は沿岸部の富岡町や大熊町などとつながりが深いが、両町の警戒区域指定は解けていない。井出寿一村復興対策課長は「勤め先の4割強は沿岸部の町。病院や高校、買い物も大半が沿岸部だった。そこに行けないのが課題」と明かす。
商店主の鈴木孝幸さん(58)は昨夏に営業を再開したが、魚や肉などの生鮮食品は並べられない。主な仕入れ先が富岡町の市場だったからだ。「役場が帰ってきても状況は変わらない。川内は行き止まりの村になってしまった」と嘆く。
遠藤雄幸村長は「1カ月で大きく変わった実感はなく、復興の道のりはこれからだ。帰村者と避難者の間で分断が生じるのが怖い。懇談会を定期的に開き、避難者にも寄り添う。今後は内陸部の田村市や小野町との連携が重要になる」と話す。
http://www.kahoku.co.jp/news/2012/05/20120505t65010.htm
「川内村保健・福祉・医療複合施設 ゆふね」から国道399号線を川内村役場方面に戻り、川内中学校に寄ってみた。

同じ位置から少し右。

テニスコート。

校庭の表土はきれいに剥ぎ取られており、除染作業は完了した模様。

校庭には入らず、道路から撮影。

道路一本隔てたところに集められている土嚢。

更に奥の方にも土嚢が積まれている。

川内中学校から300メートルほど離れた宮ノ下集会所に移動。
「ご迷惑をおかけします
除染作業をしております
平成23年11月1日から
平成24年7月31日まで
第28号 民間住宅等除染作業委託
発注者 川内村長 遠藤雄幸
施行者 川内村復興事業組合」
川内村のウェブサイトには「民間住宅等除染作業委託」に関連して次のような記載がある。
----------
民間住宅の除染作業に係る協力依頼について
現在、川内村では第1行政区から第7行政区の旧緊急時避難準備区域における民間住宅の除染作業を「川内村復興事業組合」に委託しております。
既に川内村復興事業組合による事前打合せの済んでいるお宅や今後除染作業の事前打合せをお願いするお宅もあります。
川内村では、除染作業を実施するため昨年の11月から事業に着手しており、各地区の除染実施に合わせ行政区説明会を実施して参りましたが、各地区の説明会に参加できなかった方や除染作業に疑問のある方は、委託先である「川内村復興事業組合(0240-25-8212)」までご連絡ください。
なお、今後の除染作業の実施にあたり、川内村復興事業組合より、村民の皆さんにご連絡をさせていただきますので、よろしくお願いいたします。連絡先につきましては、避難にあたり川内村に届け出ていただいている連絡先となりますのでご了解願います。
また、連絡先の変更を行う場合は、川内村役場まで連絡願います。
http://shinsai.kawauchimura.jp/?p=1423
国道399号線、村役場のある方向(北西方向)。

同じ位置から少し右。

更に右。

「M6184
5/2 土
5区宮ノ下
三瓶組」
などと手書きで書かれている。(要拡大)

宮ノ下集会所の裏にある石碑群。


宮ノ下集会所前に戻ると、道路を挟んで反対側に一台の車が止まっており、防塵マスクをしたグループが集会所前のリアルタイム放射線量測定器を真剣な表情で見つめていた。ものものしさに少し驚く。


数値が気になったので、作業の邪魔をしないように注意しつつ、車の後ろに廻ってみる。

線量計は毎時0.297マイクロシーベルトを表示しているが、日々公表されている川内村近辺の数字と比べて特に注目する必要がある数値とも思えない。このグループが何に驚いているのか、今一つよく分からず。(要拡大)
posted by 神宮威一郎 at 16:10|
Comment(0)
|
川内村