2011年12月14日

志津川袖浜・荒沢神社、午後2時30分

荒沢神社(「南三陸観光データベース」より)
http://www.m-kankou.jp/kanko/index3.php?id=15

2011_1214_143734-IMG_7208.JPG
「荒沢神社掲示板」

2011_1214_143821-IMG_7212.JPG

2011_1214_143843-IMG_7213.JPG

2011_1214_143851-IMG_7214.JPG
鳥居の左側、漁船が横倒しになっている。

2011_1214_143903-IMG_7215.JPG
「荒沢神社
国常立命、迦具槌命・龍田彦命、龍田姫を祭神とする。かつては、瀧不動と称され、安永三年(西暦一七七四)の「本吉郡南方荒砥浜風土記御用書出」には不動堂とあり、村鎮守であった。勧進由来には「文覚上人御勧請之由申伝候処年月相知不申候」とある。荒沢神社の社名は明治の神仏分離の際によるものである。」

2011_1214_143943-IMG_7216.JPG
本殿。

2011_1214_144016-IMG_7217.JPG

2011_1214_144022-IMG_7218.JPG
本殿に向かって左側にある石碑と稲荷の小祠。

2011_1214_144042-IMG_7219.JPG
本殿に向かって右側、本殿よりも高い位置にある鐘楼と「不動社」。

2011_1214_144120-IMG_7220.JPG
東北に来た当初は神社に鐘楼があるのが不思議だったが、すっかり慣れた。

2011_1214_144126-IMG_7221.JPG

2011_1214_144150-IMG_7222.JPG
正面に不動明王。
この神社では不動明王に榊を供えるらしい。

2011_1214_144154-IMG_7223.JPG
左に二体の仏像。

2011_1214_144203-IMG_7224.JPG
右に二体の仏像。

2011_1214_144208-IMG_7225.JPG
不動明王像の向かって左の仏像は顔面が割れ落ちていて、少々不気味。

2011_1214_144232-IMG_7226.JPG
不動社前から神社正面の鳥居とその奥の袖浜漁港を見る。

2011_1214_144632-IMG_7228.JPG
境内を出て左手に向かい、漁港に降りる道を探す。

2011_1214_144724-IMG_7229.JPG
道路が閉鎖されていたため、この位置から少し戻って、前の写真で「民宿天王前」と矢印で示されていた細い坂道に進む。

2011_1214_144837-IMG_7230.JPG
細い坂道の途中から見た袖浜漁港周辺。

2011_1214_144839-IMG_7231.JPG

2011_1214_144842-IMG_7232.JPG

posted by 神宮威一郎 at 14:30| Comment(0) | 南三陸町

志津川大森町・古峯神社、午後2時10分

2011_1214_141018-IMG_7200.JPG
「おおもり食堂」に寄ろうと思ったら、店のすぐ前に神社らしい空間があった。

「おおもり食堂」(「南三陸町お店再開マップ」より)
http://odette-project.com/gmap/print.php?lat=38.675789&lng=141.454468

2011_1214_141020-IMG_7201.JPG
北西方向、「上の山緑地」を見る。

2011_1214_142731-IMG_7202.JPG
野菜ラーメンを食べてから、店を撮る。

2011_1214_142734-IMG_7203.JPG
西方向。
中央・奥に南三陸町防災庁舎がある。(要拡大)
瓦礫の整理はほぼ完了した。

2011_1214_142757-IMG_7204.JPG

2011_1214_142804-IMG_7205.JPG
お神酒徳利に「古峯神社」とあったので、ここが古峯神社だったのだろうと推定。
他に神社名の手がかりとなるものはなかった。

2011_1214_142827-IMG_7206.JPG
「昭和35年5月24日 3.1メートル チリ地震津波水位」

2011_1214_142901-IMG_7207.JPG
「南三陸 おおもり食堂
 南三陸志津川字大森、がれきの中で一番はじめに、はじめたおおもり食堂は、H23年3月11日の前の日まで夕方5:00〜夜中の2:00頃まで居酒やを28年間営業していました。1年を通して南三陸町の旬の物をお客様に出していました。(海のもの山のもの)
この食堂では、スタミナのつくもの、野菜をたっぷり使ったものなど体に良い物を使ったメニューを考えています。ぜひ、みなさんと一緒においで下さい。
お待ちしています。」

「自分紹介
 仕事がら外国生活が多くありました。パナマ・チリ・ハワイ・メキシコ・シドニー・ニュージーランド・アフリカ・小笠原・ポナペ・メジュロ、いろいろ自分の足で歩いてきました。
 船をやめてコンクリート圧送、仮枠大工、鉄筋見習い、震災までは焼鳥屋、いろんな事をやりましたが、みな楽しくその時を過ごしました。
 生きて行くため危険な目にもいっぱい遭いました。ハワイでは危機一髪でシャチに襲われました。また峠を走っている時スリップして30m転落して車は大破してしまいました。漁船では釣り上げた2tの魚がワイヤーが切れて体に当たって、もう少しで命を落とすところでした。北の海ではベーリング海で海中転落して危ないところでした。秋田丸では低気圧に入ってしまって船が傾いて覚悟しました。
 最近では6年前脳内出血、肺不全、静脈閉塞など三ヶ月ICUで呼吸器で生かされ一年かけて退院できました。
 そして焼鳥屋に復帰して、三月十一日の大震災です。南三陸町は無くなりました。すべてが流されました。それでも、もう何があっても乗り越えて行くだけです。
 これからの生かされた人生、ゆっくりと生きて行きたいと思います。
 助けて下さった日本中の皆さん、また遠い外国からの支援、自衛隊の皆さんボランティアのみなさん、心より感謝致しております。
 この恩を忘れないで生きていきます。
 皆さんの健康をお祈り致します。
  平成二十三年十月」

posted by 神宮威一郎 at 14:10| Comment(0) | 南三陸町

志津川・上山八幡宮(その2)、午後1時10分

2011_1214_131029-IMG_7107.JPG
摂社・古峯神社の社殿に向かって左側にある石碑群。
修験・仏教色の強い石碑が多い。

2011_1214_131052-IMG_7108.JPG
「月山・湯殿山・羽黒山」と「妙見大菩薩」。

2011_1214_131116-IMG_7109.JPG
「融勝尊霊」?

2011_1214_131151-IMG_7110.JPG
「塩釜大」
塩釜大神?塩釜大明神?

2011_1214_131156-IMG_7111.JPG
草が邪魔で肝心なところが読めず。
後で撮り直します。

2011_1214_131225-IMG_7112.JPG

2011_1214_131242-IMG_7113.JPG
左に「南無阿弥陀仏」二つ。
中央は「奉納大乗妙典六十六部」?

2011_1214_131251-IMG_7114.JPG
「南無阿弥陀仏」

2011_1214_131300-IMG_7115.JPG


2011_1214_131318-IMG_7116.JPG


2011_1214_131407-IMG_7117.JPG
古峯神社の神殿内部をガラスの格子窓から覗き見る。

2011_1214_131419-IMG_7118.JPG

2011_1214_131514-IMG_7119.JPG

2011_1214_131558-IMG_7121.JPG

2011_1214_131651-IMG_7122.JPG
宮司の自宅跡らしい。

2011_1214_131736-IMG_7124.JPG
posted by 神宮威一郎 at 13:10| Comment(0) | 南三陸町

志津川・上山八幡宮(その1)、午後1時

【更新日:2013年12月11日】

2011_1214_125639-IMG_7073.JPG
参道の坂道を上って上山八幡宮へ向かう。

2011_1214_125711-IMG_7074.JPG
杉の大木。

2011_1214_125737-IMG_7075.JPG
「奉納 八幡宮」

2011_1214_125812-IMG_7076.JPG

2011_1214_125824-IMG_7077.JPG
「上山八幡宮
 御祭神と御由緒

御祭神
 誉田別命(応神天皇、ほむたわけのみこと)
 多紀理毘売命(たきりひめのみこと)
 多岐都比売命(たきつひめのみこと)
 市杵島比売命(いちきしまひめのみこと)
 息長帯比売命(神功皇后、おきながたらしひめのみこと)

御由緒
 年不詳であるが、前九年の役当地方の蝦夷
を征討し、鎮圧に活躍した源氏の大将義家
公が石清水八幡宮の御祭神の御分霊を
勧請申し上げたと言われている。
 御創建当時の御社殿は現在の朝日
館南向いの惣葉沢にあったが、寛政年
間(約二〇〇年前)塩入(旧八幡町)に御遷
座され、明治八年に村社に列せられ「八幡
神社」として統轄された。
 昭和三十五年五月チリ地震津浪その後
の集中豪雨による大被害のため、昭和四十
五年に拝殿を解体移転し、御本殿を
現状のまま現在地(上の山)に御遷座申
し上げた。
 平成二年、昭和天皇御在位六十年を祝
し、記念事業として拝殿の屋根を銅板
に葺替え、石清水八幡宮より比売大神と
息長帯比売命を御分霊として勧請申し上
げた。同年八月社名を上山八幡宮と変更
した。

祭日
 元旦祭 一月一日
 春祭  四月二十九日
 招魂祭 同日
 例大祭 九月十五日
 新嘗祭 十一月二十三日」

2011_1214_125957-IMG_7078.JPG

2011_1214_130029-IMG_7079.JPG

2011_1214_130111-IMG_7080.JPG
左より「岩木山」「秋葉山大権現」「聖徳太子」。
一番右は庚申塔か。

2011_1214_130118-IMG_7081.JPG
石灯籠の形が珍しい。

2011_1214_130122-IMG_7082.JPG

2011_1214_130140-IMG_7083.JPG
拝殿。

2011_1214_130237-IMG_7084.JPG
「昭和天皇の御製

 身はいかに
  なるともいくさ
   とどめけり
 ただたふれゆく
  民をおもひて」

2011_1214_130249-IMG_7085.JPG
「御即位記念
一御本殿並拝殿扉金具新調費一、三三五、三六四円
二御本殿外玉垣花崗石新調並
 昭和天皇御製碑及記念碑費一、三七五、〇〇〇円
三御本殿上屋外壁貼替工事費  二〇四、〇〇〇円
四事業諸雑費並記念品代    二一七、四三八円
五右事業総支出合計金額  三、一九一、九〇三円
六右事業経費収入金内訳
 イ氏子崇敬者募金総額  二、五〇五、一〇〇円
 ロ神社一般会計繰出金    六二六、八二三円
七事業費総収入合計金額  三、一九一、九〇三円
 右之通相違是無
  平成二年十一月十二日
   志津川町 上山八幡神社々務所」

2011_1214_130306-IMG_7086.JPG
拝殿前より鳥居の方向を見る。
鳥居のすぐ上に小さく見えるのが南三陸町防災庁舎。(要拡大)

2011_1214_130331-IMG_7087.JPG
左、「満州事変 大東亜戦 忠魂碑」。
右、「忠魂」。

2011_1214_130446-IMG_7092.JPG
左より「金剛山」「古峯神社」「金毘羅大権現」。

2011_1214_130634-IMG_7095.JPG
「金剛山」

2011_1214_130647-IMG_7096.JPG

2011_1214_130700-IMG_7097.JPG

2011_1214_130711-IMG_7098.JPG
摂社、古峯神社。

2011_1214_130741-IMG_7099.JPG
本社より小さいが、随分立派な社殿。

2011_1214_130749-IMG_7100.JPG

2011_1214_130808-IMG_7101.JPG
「古峯神社
  旧境内地
明治二十八年に
社掌兼大講義
工藤彦平祐隆が
崇敬者総代と共に
古峯原の御本社
より日本武尊の
御神霊を奉遷し
上の山の祐隆の宅地内
金剛山のあった修験
道場跡地(此の処)に
御社殿を新築して
三月十三日に奉仕した
所です。
この御手洗石は
大正十年に社殿の大修
理を記念して造られ
たものです。
    宮司記」
現在の宮司も工藤姓であり、修験の子孫なのであろう。

2011_1214_130855-IMG_7102.JPG

2011_1214_130922-IMG_7103.JPG
「御鏡に
 うつるわが身も
 おろがみて
 神のみかげを
 仰ぐたふとさ」

2011_1214_130933-IMG_7104.JPG
「明治十六年
  八月十五日
 村中安全
 奉納
(11人の氏名)」

2011_1214_130951-IMG_7105.JPG

2011_1214_131004-IMG_7106.JPG
「大正十年
 三月十三日
 古峯神社
 第三講社中」
posted by 神宮威一郎 at 13:00| Comment(0) | 南三陸町

2011年08月11日

2011年8月の荒島、午前11時50分

【投稿日:2013年8月6日】

荒島については2011年12月14日訪問時の様子を既に掲載しているが、比較のために大震災5か月目の様子も追加する。

「荒島・荒嶋神社」(2011年12月14日)
http://chingokokka.sblo.jp/article/51980617.html

2011_0811_114659-IMG_4320.JPG

2011_0811_114826-IMG_4323.JPG
地図には「荒島パーク」とある。
レンガを積み上げている。

2011_0811_114746-IMG_4322.JPG
南西方向。
奥は「南三陸ホテル観洋」。

2011_0811_120016-IMG_4342.JPG
荒島へ渡る防波堤は立派なコンクリート道路となっており、その入り口付近は津波で大きく抉られている。

2011_0811_115952-IMG_4341.JPG
反対側から。

2011_0811_115138-IMG_4327.JPG
路面上に埋め込まれた南三陸町の観光地図。(要拡大)
かなり色褪せている。

2011_0811_115246-IMG_4328.JPG

2011_0811_115610-IMG_4335.JPG
コンクリート製の階段が崩壊している。
上の木から細いロープが垂れ下がっていて、登っている人がいるらしい。(要拡大)

2011_0811_115455-IMG_4330.JPG
奥は南三陸町役場のある町中心部。

2011_0811_115459-IMG_4331.JPG
右奥は袖浜漁港。

2011_0811_114742-IMG_4321.JPG
防波堤入口に戻る。
何か作業をしている人がいる。

2011_0811_120245-IMG_4345.JPG
スピーカーと撮影機材がある。
震災からちょうど5か月目なので、何かの行事の準備をしているのであろう。

2011_0811_120314-IMG_4348.JPG
東北方向。
袖浜漁港に向かう道。
posted by 神宮威一郎 at 11:50| Comment(0) | 南三陸町