2012年06月02日

気仙町・金剛寺(その2)、午後1時05分

【投稿日:2013年3月2日、更新日:3月7日】

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「水掛不動尊」

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不動堂を見上げる。

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「献灯 丸桝材木店」

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「虚空蔵」

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「不動尊」
「気仙成田山」
「東北三十六不動尊霊場第二十四番札所」

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震災後数か月間、ここが十数人の被災者の生活の場となった。

「ここに住むということ 陸前高田市気仙町荒町の1年」(日本経済新聞2012年5月24日)
http://www.nikkei.com/article/DGXZZO41783280U2A520C1000000/

映画『先祖になる』には、佐藤直志氏と不動堂に住む被災者がスピーカーを用いて朝の挨拶を交わす場面が出てくる。

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「みんなの想い届け!!」

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奇妙な形のものがある。

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巨大な木製の掌らしい。

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爪もある。

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これは一体何なのだろうか。
掌だけでこの大きさだとしたら、相当巨大な仏像になるはず。

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「仏舎利塔」

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「厄除不動尊」

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「帰命頂礼不動尊救世の悲願に催され奴僕の相を現じつつ信ずる者を守り給う
 昔高祖の入唐渡海を鎮めし波切や流祖の御身になり代り血潮に染みし錐もみは
 今や高野に根来寺に其名も高く崇められ現世利益の不動尊南無や大聖不動尊」

和讃を引用しているものと思うが、出典はよく分からず。
新義真言宗なので、空海とともに覚鑁(興行大師)の「錐もみ不動」伝説への言及がある。

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「坂東三十三観音霊場・・・」

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「坂東三十三観音霊場御砂場」
「奉納 坂東霊場御砂 建立費協力者」

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「高野山奥之院御砂場」
「信州善光寺御砂場」

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土台に「一番 杉本寺 二番 岩殿寺 三番 安養院・・・」と坂東三十三観音の札所の名前が刻まれている。 

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車道がある。
不動尊堂には仮設住宅の奥をぐるっと回って車で来ることができるらしい。

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南方向。
左隅、瓦礫処理場の奥に小さく見えるのは気仙中学校。(要拡大)
中央、ビニールハウスの奥は諏訪神社。

「気仙町・諏訪神社」(その1)
http://chingokokka.sblo.jp/article/56259896.html

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光輪館の奥には広大な空き地。
ここに金剛寺の本堂その他の建物があった。
左奥の建物が佐藤直志氏のお宅であろう。

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「爰宝塔者為東日本大震災三陸大津波受難者精霊供養菩提也」
「為東日本大震災被災物故者之霊位追善菩提也」

『先祖になる』には大震災の1年後、ここで法要を行う場面があった。
posted by 神宮威一郎 at 13:05| Comment(0) | 陸前高田市
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