2012年02月13日

八戸市・八戸港白銀埠頭、午前10時

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北方向。
「この先海!!」
「一般車両は危険ですから岸壁等に乗り入れないで下さい。八戸港管理所」

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同じ位置から、左側、西方向。

「災害復旧工事中
 八戸港白銀B岸壁 港湾災害復旧工事
 主な工事内容 岸壁工 L=12.8m
 区間 青森県八戸市大字白銀地内
 期間 平成23年8月31日〜平成24年3月25日
 施行 中央建設有限会社
 請負額 910万円
 三八地域県民局地域整備部
 八戸港管理所」

三八地域とは「青森県の南東に位置し、八戸市及び三戸郡5町1村(三戸町・五戸町・田子町・南部町・階上町・新郷村)からなる面積1,275km2の地域」。
http://www.pref.aomori.lg.jp/kotsu/build/hachido_gaiyou.html

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反対側、南方向。

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東方向、住友金属工業の子会社である住金鉱業の専用埠頭がある。(要拡大)
住金鉱業の八戸石灰鉱山(通称「八戸キャニオン」)から採掘される石灰石の一部が、長さ約10キロメートルの地下ベルトコンベアーで八戸魚港の住金鉱業専用埠頭まで運ばれ、更に国内最大級の石灰石専用船で茨城県鹿島の住友金属工業鹿島製鉄所まで運搬されるという。
参考:「楠美清の素材探究」
http://www.reafa.com/kikaku/sozai_03.html

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「船の碑(いしぶみ)
 戦後の八戸港は三菱の一万トン級タンカーを海に沈めて造った沈船防波堤によってたくましく甦った 日本で最初のこの画期的な大工事により八戸はやがて発展の一途をたどりこんにちの繁栄につながっていくのである そして赤錆びて腐食する沈船防波堤は三十七年間の輝かしい使命を終えて新しい未来のなかへ消えていった 当時すべてがないないづくしの敗戦後の混乱期のなかで百年の大計を胸に秘めてこのユニークな事業を強行したのは夏堀悌二郎市長ら多くの先人たちであった ここにあらためて先人たちの偉業を偲びつつ八戸のさらに大いなる発展を祈念して碑を建てるものである
            夏堀正元 記
昭和六十一年三月二十五日
      青森県知事 北村正哉
      八戸市長 秋山皐二郎
      八戸港沈船防波堤記念碑建立
      協賛会長 佐々木隆蔵」

作家の夏堀正元氏は夏堀悌二郎元市長の息子とのこと。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%8F%E5%A0%80%E6%AD%A3%E5%85%83
posted by 神宮威一郎 at 10:00| Comment(0) | 八戸市
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