2011年12月17日

細川牧場、午前11時40分

飯館村臼石の細川牧場には現在も牛がいる。
以下、半年前(6月30日)の朝日新聞より引用。

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避難区域の牛馬救う 福島・飯舘の男性に全国から義援金
 東京電力福島第一原発の事故後、20キロ圏内などの避難区域に残された牛や馬を約470頭助け出し、引き取り先を探しながら世話を続ける男性がいる。飯舘村の家畜商で農家の細川徳栄(とくえ)さん(59)。全国から届いた700件、5千万円を超す義援金と牧草などの支援物資が支えになっている。
 原発事故直後の3月半ば、避難指示が出た南相馬市小高区の知り合いの農家が、避難先の新潟県から電話してきた。「牛をそのままにしてきた。何とか助けられないか」。翌朝、娘の美和さん(25)とトラックで牧場に向かい、8頭の牛を救い出した。
 避難中の農家の間で評判になり、依頼が相次いだ。大熊町や双葉町など約30戸の和牛約450頭や競走馬約20頭を保護。求めに応じて売却したり、遠くは京都の牧場などに避難させたりした。ガソリンやえさ、資金の確保に苦労したが、活動が報道などで知られるようになると、現金書留や物資が全国から届くように。4月には、米国オレゴン州で畜産業を営む米国人男性が2千万円を届けに来た。神奈川県から大型トラックいっぱいの牧草を運んで来た男性もいる。
 細川さんは畜産農家の3代目。生まれたときから牛や馬がそばにいた。「牛や馬は私の家族。見殺しにすることはできなかった」。6カ所に分かれた計約150ヘクタールの牧場には、もともと飼っていた馬32頭と繁殖用の牛20頭のほか、保護した後、買い手がつくのを待つ牛が約30頭おり、妻の多美子さん(64)、美和さんと3人で世話をしている。「計画的避難区域」の飯舘村では、原則全村民が避難するよう求められている。細川さんは「避難できる牧場が見つかるまでは村に残り、飼育を続けるつもりだ」と話している。(神沢和敬)
http://www.asahi.com/special/10005/TKY201106290604.html


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山津見神社から県道315号線(臼石月館線)に出て南下、県道12号線(原町川俣線)と交差する少し手前の西側に細川牧場の放牧地がある。

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牧舎の手前、200メートルほどの道路脇の空き地に駐車し、牧舎のある南方向を見る。

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西方向。

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北方向。

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再び南方向。
小さな溝状の地形を隔てて放牧地が広がる。

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道路に戻って北方向を見る。
街路灯にも洒落たデザインが施されている。
飯舘村は特産の豊富な石材を利用した彫刻・モニュメントが多数道路脇に置かれており、実用的な施設にもちょっとした美的な工夫が加えられていて、経済的な余裕と心の豊かさを感じさせる。
決して貧しい寒村ではない。

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細川牧場の入り口。

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何故かドジョウ掬いをやっている。

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「八石山入口」
posted by 神宮威一郎 at 11:40| Comment(0) | 飯舘村
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