2012年08月21日

更新情報

「2012年夏の大川小学校」
http://chingokokka.sblo.jp/article/57665391.html
「2012年夏の丸山地蔵」
http://chingokokka.sblo.jp/article/57675571.html
「2012年夏の北上総合支所跡」
http://chingokokka.sblo.jp/article/57669733.html
「分浜・五十鈴神社」
http://chingokokka.sblo.jp/article/57668100.html
「指ヶ浜の間寛平さん」
http://chingokokka.sblo.jp/article/57664326.html


「名取市陸上競技場の間寛平さん(その1)」
http://chingokokka.sblo.jp/article/57657689.html
「名取市陸上競技場の間寛平さん(その2)」
http://chingokokka.sblo.jp/article/57658813.html


posted by 神宮威一郎 at 06:58| Comment(0) | 更新情報

2012年08月20日

大洲海岸(その6)、午後2時

【投稿日:2013年3月26日】

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相馬市公式サイト内の「大洲海岸」に掲載されている写真と同じ場所らしい。
http://www.city.soma.fukushima.jp/kanko/spot/13oosu.html

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制限速度は時速50q。
かつては外海と松川浦に挟まれた快適なドライブウェイだったのだろう。

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茶屋ヶ岬。

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同じ位置から少し右。

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鳥居の上部が取れたような赤い木組みがあるが、測量用のものであろうか。

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赤い木組み周辺を拡大。

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ここで作業をしていた人と白い車は既に去っていた。

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キャタピラ付きのオモチャのように小さい車両。
右上に突き出ている鉄の角柱にゴム手袋がかぶさっている。

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車を停めておいた場所が見えてきた。
私の車の後ろから白い車が近づいて来ている。

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白い車から降りてきた3人が周囲を見回している。

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車に戻り、往復してきた道を振り返る。

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「大洲生活環境保全林」が広がっていた場所の一画にプレハブボックスが設置されていた。
窓の上に「国土防災技術(株)」とある。
posted by 神宮威一郎 at 14:00| Comment(0) | 相馬市

大洲海岸(その5)、午後1時50分

【投稿日:2013年3月26日】

相馬市公式サイト内の「松川浦県立自然公園・松川浦のうつりかわり」に次の記述がある。

--------
現在、松川浦での船の出入りは、松川浦大橋のある、岩盤が掘られている地点で自由に行き来できるようになっていますが、それにいたるまで浦口は大きく変化してきました。
年代は不詳ですが大昔、浦の出口は、現在大洲公園となっている古湊あたりだったといわれています。
中世社会時代(西暦1000年)のころには、浦の出口は中州の真ん中ころにありましたが、次第に北上して、しまいには鵜の尾岬の南下まで来ました。この川口は飛鳥湊と呼ばれ、川口が時々変わることからこの名が付けられたといわれています。
この飛鳥湊の川口も潮流の変化や暴風などにより、砂が流れ込み、塞がれることがあったため、浦の北の方、原釜港に近い方を開削して新たな川口をつくることになりました。
(後略)
http://www.city.soma.fukushima.jp/kanko/matukawaura_hensen.html

上記ページの地図を見ると、防波堤が崩壊したのは直近の開口部分である飛鳥湊近辺。

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鵜の尾岬寄りの防波堤崩壊部分。
測量用の道具らしいものをかついだ人が1人。(要拡大)

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尾浜地区の松川浦旧漁港。
新漁港は松川浦大橋の北側にある。
左隅の黄色い建物が「賀都屋旅館」。

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同じ位置から少し左。
黄色のパワーショベルの奥、「ホテル喜楽荘」。(要拡大)

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青海苔養殖用の竹竿の上、赤・黄・青・白の小さな旗が風に靡いている。(要拡大)

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鵜の尾岬に行くことも考えたが、炎天下でいささか体力を消耗したため、引き返すことにする。

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防波堤に戻る。
青々とした草原を見るとホッとする。

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右側は対照的に荒涼とした光景が広がる。

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二艘の漁船が引き返してきた。(要拡大)

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中央に船が見える。(要拡大)

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クレーンを積んだ浚渫船らしい。

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先頭は「第二丸義丸」。
船上は空っぽ。

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後続の「第一六軒丸」船上にも往路で見かけた青々とした海藻は積まれていない。

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posted by 神宮威一郎 at 13:50| Comment(0) | 相馬市

大洲海岸(その4)、午後1時40分

【投稿日:2013年3月26日】

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防波堤と道路が並行している部分、道路は部分的に崩壊していても防波堤は残っていたが、鵜の尾岬手前で防波堤も崩壊していた。

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防波堤残存部分の先端に近づく。

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先端に到着。

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少し左。

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更に左。北西方向。
中央・奥は相馬共同火力発電所の煙突。
その手前は尾浜地区。

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西方向。

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南西方向。

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南方向。

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南東方向。

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鵜の尾岬トンネルの右は夕顔観音堂。
右上隅に鵜の尾岬灯台。

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鵜の尾岬の先端。

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鵜の尾岬灯台。

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中央・手前に測量用のポールを持った人がいる。
左奥にも赤いベストを着けた人が1人。(要拡大)

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アオサギ?

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下に降りてみた。

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丸くて平べったい石が多い。

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砂に足を取られながら、水鳥の足跡を辿るように進む。

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砂州の端に近づく。

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砂州の端から鵜の尾岬を見る。

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少し右。
津波で完全に崩壊した箇所であるが、応急の復旧作業で外海とは遮断された。

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更に右。

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ここから南は防波堤が約2qほど連続して残っている。
posted by 神宮威一郎 at 13:40| Comment(0) | 相馬市

大洲海岸(その3)、午後1時35分

【投稿日:2013年3月26日】

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奥の黄色い建物は尾浜のホテル「賀都屋」。
その手前には荷台に砂を積んだキャタピラーダンプ。
更にその手前には白鷺が4羽。(要拡大)

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中央・奥は相馬共同火力発電所の煙突。
キャタピラーダンプが荷台の砂を降ろしている。(要拡大)

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奥に松川浦大橋。
手前の砂州には黒い鳥が20羽ほどいる。(要拡大)

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鵜の尾岬トンネル付近を拡大。

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アオサギ?(要拡大)

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中央、鵜の尾岬。
海側は青々とした草原。

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同じ位置から少し右。

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振り返る。
南方向。奥は茶屋ヶ岬。

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南西方向。

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西方向。
中央・奥は宇多川河口付近。

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北西方向。

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軽快なエンジン音とともに二艘の漁船が近づいてくる。

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先頭は二人乗りの「第二丸義丸」。
下から読んでも同じの珍しい名前。

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後続は三人乗りの「第一六軒丸」。

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青々とした海藻のようなものを積んでいるが、これは特産物の青海苔に関係するのであろうか。
訪問したのは8月20日であるが、「相馬双葉漁業協同組合松川浦支所」ブログによれば、原発事故の影響を考慮し、翌9月に平成24年度の操業自粛を決定したとのこと。

参考:「相馬双葉漁業協同組合松川浦支所」ブログ
http://matsukawa-ura.sblo.jp/article/58248425.html

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二艘の漁船が去って行く。

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漁船の後姿を拡大。
posted by 神宮威一郎 at 13:35| Comment(0) | 相馬市